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communication

2011年5月7日

私が子供の頃海外に住んでいた話をすると、だから英語が話せるんだねというようなことをよく言われるのだけれど実は当時、英語は全く話せなかった。
英語圏ではなかったし、通っていたのは日本人学校だったのだ。
本格的に勉強しようと思ったのは社会に出て、1、2年たったころだった。
きっかけは一人旅。
現地での一期一会が楽しくて、もっと世界中の人たちとコミュニケーションをとりたいと思うようになった。
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薄給だった当時の私に英会話スクールは無理だったので、平日は問題集をといて、休日はネイティブの人たちと出会う機会を積極的に作った。はじめのころは本当にひどかったと思う。
受験勉強をあまりまじめにやらなかったせいもあり、語彙は少なく文法はでたらめ。
それでもおもしろがって、話し相手になってくれる外国人の友達が何人かできたりした。

意地悪だったのはむしろ、英語堪能な日本人の方だった。
稀にではあるが、間違いをネタにしたり、そんな英語でそうやって話しかけられるのがすごいねとか
キミみたいな人もこういうところに来るんだねなんて笑う人がいたのだった。
初めの頃は、皆の前でからかわれると恥ずかしくて、もうその日は何も話せなくなってしまったりしたけれど
だんだん、そういう意地悪な目で見てるのはごくごく一部の人だけだと気づいて
気にならなくなった。(何故かきまって年配の男性だった)
亀の歩みながらも少しずつ会話が成り立つようになってきて、嬉しい気持ちの方が強かったのもあった。

あの時、恥ずかしいからと口をつぐみっぱなしにならなくて本当によかった。

今でも私の英語は完璧とはほど遠い。
それでも自分の気持ちは伝えられるようになってなんとか仕事もできるようになった。
通じ合いたい気持ちがあるから、これからもきっと下手な英語で話し続ける。

震災のあと問題意識を感じ、原発問題や政治、世界情勢などについて意見を述べるようになった若者たちと、コミュニケーションしようとするわけではなく、ただ彼らの知識不足や誤りをただ晒し嘲笑している大人をネットで見かけてふと、当時のことを思い出した。

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